音とことばのふしぎな世界―音声学者が語れば、メイドもイライザもガンダムも澤田拓人も学問だ。

《音とことばのふしぎな世界――メイド声から英語の達人まで 》

 

息が止まるほど、夢中になれる本。

そういう物が、たしかに、世界にはあるものだ。

注)物理的にも。

ガンダム」といえば強そうだけど、「ファフナー」ってあんまり強そうじゃないなあ、

とか、

ゴジラ」は強くてデカそうだけど、「ミニラ」っていえばいかにも小さそうだなあ、

とか。

ガブリエルって、女の名前らしいけどえらくコワモテだなあ、とか。

誰でも何となく感じていることだろう。けれど、強いて突き詰めたことはないはず。

ところがこの、音やことばを聞いて受ける印象は、なかなかにユニバーサルなのだそうだ。

つまり、ガンダムは日本人のみならず、世界中が強そうだと思うわけで、ゴジラは大きくてミニラは小さくて、「タケテ」はツンツンしていそうで、「マルマ」は優しそう、と、みんなみんな似たように感じるようで、せーかいはーひーとつー ・・・ らしい。

音のもたらす印象がことばに強く響いていたりと、音とことばの間にはふしぎな関係がありまして。 さて、それについてなのだがね、と、ファンタスティックな種明かしから始まるのが、この本。

読み進めて行けば、専門知識とネタ話の絶妙な配分に引きずられる。

うん、めんどくさくなってきたからとばそうかな、と思った瞬間に、日本語ラップやアキバのメイドの話が挟まり、これホントに学術書かと思った途端に、50音配列表にある美しい神秘の話などの深遠な知識の解説が始まって、まさに「北風と太陽」。

実は本書の真骨頂は最後の章にもある。

音声学が現代社会といかに関わっているかが述べられている。

学問が雲上の霞ではないことが、 音声学がピチピチと跳ね回るような生命をもち、活かされていることが、実例とともに提示される。

これは今、学問を前にして途方に暮れている若い方にとっては、闇を照らす灯台のように、かつて持っていた熱い思いを取り戻す助けになるだろうと、思った。

そして「福祉音声学」。

病で声を失う人がいる。最近ではつんく、そしてテレビドラマでも描かれたALS、 また、3月に昇天した私の兄。

これに対し、予め録音しておいた人の声をデータ化し、パソコンで打ち込んだ文をその人の声で再生するソフト、「マイボイス」が、フリーで提供されている。

「ありがとう」と、どうしても自分の声で伝えたい、切なる思いを、実現するソフトである。

これほどに血の通った学問が、机上のみの論理でありえようか、

過去に、英文科で音声学を取り、「これでワタシも聞けるようになる、発音できるようになる!」と思ったはいいけれど、見事に空振りした経験がある。テストの点だけは良かったが、だからと言って大した効果もなく、気がつけば夢破れ、でもなお音に片思いしていたあの頃の自分。この本を読ませてやりたくなった。

ともあれ。この本をよんでオモシロイ!と思った人ととなら、

「あかねさす紫行き標野行き野守は見ずや君が袖振る 」の「あ」は、

スリリングで艶っぽくて秘密めいているけど、

「天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも」の「あ」は、

天然でまったりしてる公式のイイコちゃんだよねー?、と

そんなハナシができそうだ。

剥製ではない、生きて迸り、勢いよく迫ってくる知識の流れが、ここにある。

なりやまぬ音と声とことば。

【本書を読むときの注意事項】

1)電車の中ではマスクをして読むこと。

アイウエオが口やのどのどのあたりで発しているだとか、mとbは唇ひっつくんだとか、tとdは舌先がどの辺にあるとか。いかにもやってみたくなりそうな筆致で書いてあるものだから、当然発音してみるわけです。

家に帰ってやれって?

だめです。

見た瞬間にやらないヒトは、ほぼ確実に今後もやりません。

宇宙航空力学やなんかとちがって、音声学はイマココ、自分の器官を使って試してみることができるわけで、そんな風にアカデミズムにダイレクトアクセスできる機会は貴重。本当に貴重。 口腔や喉あたりの空気圧や空気の体積が、こんな風に変化するんだけどね、なんて書いてあったら、やってみるでしょう? 少なくとも私はやる。

「っっっっっっっっっっっっっっっっっっばっ」とやってみれば、よくわかる、と、 書いてあれば、当然やります。

「っっっっっっっっっっっっっっっっっっばっ」

。。。。。

ええ、中央線の中で。

どう考えても「ヘンな顔ヘンな人」確定でした。とにかく、マスクでもしてれば顔半分の動きは隠せるので、マスク装着を推奨します。

 

2)飴をなめながら読まない。

kとgを試していたのです。なるほどgの方が強そうで、ノドの奥の方で発するんだなあ、と、本著のとあるページを見ながら何度か繰り返していると、突然。

んんがっとぅるっとぅるっ。

当然おこるサザエさん事故。飴がノドに入り込み、息止まりそうで涙目になりました。

いやはやなるほどこの「んがっ」って本当に深いところにとどくんだなあ、

とか、

コクンじゃ浅いんだな、ゴクンまでいって初めて飲み込むんだな、子供やネコに服薬させる時にはコクンだとすぐにぺっと吐き出しちゃうからゴクンまでやらせないとダメだな、

とか。

窒息の危険に薄れ行く意識の中、なるほどスゴい!と、考えていた私がおりました。

知識は人を生かしも殺しもするのですな。

え?

ええ、中央線の中です。

音とことばのふしぎな世界――メイド声から英語の達人まで (岩波科学ライブラリー)

音とことばのふしぎな世界――メイド声から英語の達人まで (岩波科学ライブラリー)

 

 

音とことばのふしぎな世界――メイド声から英語の達人まで (岩波科学ライブラリー)

◦ 作者: 川原繁人

◦ 出版社/メーカー: 岩波書店

◦ 発売日: 2015/11/06