さくら、さくら。
桜の花咲く頃は、
いつも、「桜は、苦手だ。」
と、つぶやいてきた。
満開の花が哀しく見える。私には。
桜の時期にはしょっちゅう入院していたから、
進級する学友を、
就職する同窓生を、
恋にいそしむ女の子を送り続けた。
そんな私には、桜の木の下に立てるほどの気力が無かった。
世の中の浮かれ騒ぎにその姿を晒す桜は、
やさぐれた私には身を落とした遊女のように見えた。
気位は高いが、花見の席で世俗の民の慰めものになる桜は
その桜色も灰色がかり、
落ちぶれた姫君のようで、目を向けるのもつらかった。
が。
今年の桜は、違った。
傷ついた大地から、黒々とした幹を練り出し、
呪いのような幹や枝から溢れ出したその花々は、
大地の怒りを静めるかのよう。
ゆったりと、凛として。
人も、桜におずおずと近づく。
遠巻きに、静かに、そっと近づく人の謙遜を身に浴びて、
桜は、本来の気高さを取り戻した。
へりくだるものに憐れみと恵みを。
桜はいっそう誇り高く、また、
優しげに咲く。
天女のように手を差し伸べながら、
傷ついた人と、傷ついた世界を痛むかのように。
静かな桜の、春だ。