落語って奴は。

立川談春「百年目の会」5月19日。


セシオン杉並などというから、荻窪あたりからちょちょいの場所かなんて思っていたら、

豈図らんや3つの高円寺の狭間にあるとか。


17時半ダッシュを目論んでいるところ、わが捺印書類を前にご歓談中の上司。

人生ってこうだよね、うんうん。と、妙に達観しつつ、遅刻を確信した。


本当に久しぶりの立川談春、今日の演し物は「百年目」。


八王子から駆けつけてようやくついたセシオン杉並。

トビラを開けると既に前座も終わり、談春師匠の姿があった。


ああ、いい場だ。と、なぜか思った。


土地ごと、会場ごとに空気が有り、場が有る。


尖りすぎていない、洒落のめしていない、粋すぎてもいない、

斜に構えてもいない、かといって熱狂しているわけでもない。


談春師匠がみんな好きなんだなあと、そう思われる空気が、ホールには満ちていたのだった。


係に先導されて席に向かうと、前から二かたまり目の最前列、しかも師匠のど真ん前のベストポジション。

神様、私何か良いコトしましたっけ?

ありがとうございます。えーん。


1幕目は軽い調子、少し師匠の近況咄なども。

赤めだか、ドラマ化なんですってね。

で、談春師匠、ニノがやるんですってね(爆)。


なんでもリリーフランキーが、

「本人(自分)と役者(オダギリジョー)の間にトンでもない距離にがあったことに申し訳ない想いをずっとしてきたが、今回の『談春=二宮』は、自分らの距離なんぞはるかに超越したと確信した」

と、ほくほく顔で言ってきたそうで。


「ですがね、自分とニノの距離なんぞさらに超えている組があるわけですよ。

・・・水木=手塚」。


こういうの(配役)、流行ってるんですかねw。


あ、そうだ。談春師匠の見解によると、赤めだかの主人公は談志だそうです。


・・・・・・・


2幕目、「百年目」。


師匠の軽妙な滑り出しと、それに不似合いな程にしんと鎮まった客席。


客は皆、談春に飢えている。

その語り一筋までも貪り尽くそうと、凄まじい集中を客が示す。

その集中を逸らすこと無く受け止めきる、談春の凄み。


一方、笑いは明るくのびのびと生まれ、ずんずん咄に引き込まれていくうちに一つ目のヤマへとさしかかる。

堅実な番頭が、内緒の着道楽、花見遊びのその場を旦那に見られたその瞬間。

流れるような土下座の果てにグイとあげたその顔が、なんと真っ赤。

そこから、真に、蒼白となったり赤くなったり。


座布団一枚、そこから若干はみ出るか否か、その程度の空間から、

BGMも効果音も一切使わず、

ただ一人の語りのみで、

店から町、町から川、舟、舟から土手の花見遊びへ。


旦那にバレてからの番頭の煩悶っぷりが、見事の一言につきるわけで。

グダグダでヘタレでどーしよーもないなわけなんですが、

ここで、この番頭に対して客が

「あーこいつもうしちめんどくせえ、いらいらする、ダメだ!」

と、反感を持ってしまったらこの咄はパア。

どこまでも、

「うんうんそういうことある、いやそうなんだよ」

と、こう引っ張っていかなくては最後につながらない。

一方共感100%だとこれもまた、結末の粋を削ぐ結果になる。


そこんとこ。

微妙なさじ加減を一切過たずに客をのせていく、その芸。


「お前さん、丁稚の中では一番どうしようもなかったんだが」

と、旦那が語り始める。


そこからの下りに「どうしようもない自分」にひしゃげていた私自身が、

泣いた。


・・・・・・・・・


真の文芸に泣かされるなら、本望。