如月、梅花茶會 〜その1【抹茶席】〜

今日、梅は三分咲きですよ。
 
  池上梅園の梅守りは、「まだ」とは言わなかった。
 
ああ、そうなんですね、
  
   と答えたおじいさまは、梅花にそっと触れ、
 
よしよし。頑張れ。
 
   そう、仰った。
 
梅見の人は、桜見の人より余裕があり、優しい。
まだ寒い冬。その冷気を押し開いて咲く花の勇気と健気さを、
ただそれだけを愛でにいく人々の優しさは、清々しい。
 
生まれて初めての茶会は、そのような梅園で催されるものだった。
要領服装、参加を決めてから後で何か決まり事が有るのではないかと慌て、
主宰にお伺いを立てたところ、すぐに優しいメールが返ってきた。
 
何もお気になさらずに、と。
「どうぞあたたかくして、お越し下さい。」と。
 
宮沢賢治の詩情豊かなコトバがふいに思い出されるような、それは思いやりに満ちた文面だった。
初心のガチガチな心はようやくふわりと軽くなり、その日を心待ちに、文字通り指折り待って。待って。
 
門を抜け、微笑みほどの咲き加減の梅の木々の間を通り、庵へと向かう。
 
が。
 
ココハドコワタシハダレ。
 
元気よく歩き出せば必ず反対方向という、その私の性癖は最近Google mapにて検証されたばかりだが、
点在する庵の一体どれだったかを、テンパりすぎてチェック仕切れていなかった。
 
と。
 
やはり場所探し顔の女性二人がいて、豈図らんや茶会の客。
天は我を見放さず。ああここが八甲田山じゃなくて良かった。
手に手をとって目的の庵へ。
 
ようこそお越し下さいました、と、あたたかな笑顔と部屋に迎えられ、身支度をしているとほどなく、
JUNKOさんが旦那サマとともに優しい色の着物で現れたので、久しぶりの再会を
(眼福眼福むふふ)
なんぞと思いながら喜ぶ。
 
部屋に通る。
とりあえず無難な場所に座ろうと、奥の方を目指そうとするが、
時既に遅し。気がつくとなぜか釜の一番近く。
って、これ。あの、「主客」とかいうポジションじゃないですか。
もうしわけありません、ワタシ、笑っちゃうくらいのど素人なんですけれども。
すると、今日は、主客も次客も詰めも関係ないですから。とのこと。
 
観念した。
 
小さな太郎冠者と白梅が、静かに部屋に春を呼び込んでいる、
ビーツ、人参,菜の花,山芋、じゃが芋、隠元豆、小豆、だったか、
七種の野菜から調製した生菓子「七福の神」は、自然の色の艶やかさを魅せる。
茶筅は「飛梅」。
掛軸は千利休、写しの一枚。
注連縄は先のワークショップで作ったという八咫烏
棗には四君子が描かれ、茶杓はどこまでも滑らかに。
 
経験のある客であれば、主の心配りを聞かずとも察しようものを。
 
ありがたくも口惜しく思うも、主はただ平らかに初心の客に教えて下さる。
 
その日の茶は栂ノ尾産「宝梅の昔」、言うなれば茶の「シングルモルト」「生一本」。
通常数種をブレンドするものである碾茶を、ただ一種のみで碾いたという。
この茶から何かを聞きわけることができれば楽しいだろうなあ、と願いながら、
 
どうぞ。
 
と出された茶碗を、掌に受ける。
 
すう、と頂くと、心地よい熱さの茶が滑り込んでくる。
この寒さに嬉しい、が、決して行き過ぎない絶妙の熱さ。
そして、いきなり。
ばさり。
と、翼のはためく音が、聞こえた気がした。
二口目、三口目。青々とした草の芽が、わさ、わさ、と芽吹き、
茂り出すのを感じた。
 
茶とはこれほどに、躍動感のあるものだったか。
いっそ荒々しいまでの勢いのあるものだったか。
これほどに、命を感じさせるものだったか。
 
驚きながら、考えた。
 
主は、何を伝えたかったのだろうか。
私は、そこから何を受け止めるのか。
 
心を尽くして取り揃えた調度や道具、
後に伺ったが、用意しつつもあえて出されなかった茶碗。
 
 
すべては、あなたのために。
世界はもう、十分調っていますから、
そろそろ目を覚ましても良い頃合いですよ。
 
と。
 
冬の寒さに怯えていたかもしれませんが、
どうぞもう、のびのびとお目覚め下さい。
 
そう、揺り起こされた気が、した。
 
………
 
「わあ、お茶やってるよ」
 
庵の外から、子供さんが覗き込んで声を上げた。
 
そうだったな。私も小さい頃、お茶のお稽古をしている母達を、
羨ましい半分からかい半分、はやしたりしたこともあったっけ。
 
うん、楽しいよ。
 
内側から手を振ると、子供さんはぶんぶん元気よく手を振り返してきた。
 
花と子供が元気になれば、春はもうじきだ。
 
………
 
こんなに丁寧に迎えてくださってありがとうございました。
優しい主と、そのお仲間の方々に心からの感謝をこめて深く頭を下げ、
庵を後にした。